株式会社亀忠の歩み、1870年、名古屋の大津町の地で創業し、
1962年に現在の屋号の原型になる合資会社亀忠に変更したときに始まります。
共に成長し信頼の和を築く経営理念の下、
法人向け贈り物を全般に取扱い企業様のノベルティや贈答需要に対し
企画、提案しサポートさせていただいております。
明治3年、初代大橋忠七が亀甲屋忠七(きっこうやちゅうひち)の屋号で名古屋の大津町(現在の名古屋市中区丸の内3丁目4番地辺り)の地で創業した。
初代の大橋忠七が尾張から京都への丁稚奉公に出たあと、尾張地方に戻り、株式会社亀忠の前身の精練製糸工場の亀甲屋忠七をはじめた。
亀甲屋忠七は、絹糸を精練し、製糸した上で着物の襟に使用する奥裏の生地を反物にすることを生業としていた。
3代目大橋忠七の時代に第2次世界大戦で空襲にあい、建物の被害を受けたのを 機に、現在の地 名古屋市北区深田町2(現在の名古屋市北区清水3丁目3-7)に移転する。
精練製糸の生業だけでなく、このころより天然繊維の絹以外の化学繊維も増えたこともあり、多くの素材をカットし反物にする業務なども並行して行っていた。
3代目大橋忠七が亡くなると、4代目大橋忠泰が金融機関向けの記念品、ノベルティなどの販促品の販売卸を始める。
時代のニーズに合わせた法人向けに記念品、ノベルティ商品の商売に次第に転換を図る。
合資会社亀忠を設立し、ノベルティ記念品など広告宣伝用品の販売卸を業務とし、法人化する。
現在の社屋となる
主に東海地区の金融機関向けに販促品を販売し、家庭用消耗品など日用雑貨に至る商品を取り扱い、金融機関に納める。
平成8年3月 4代目の大橋忠泰が急逝し、代表社員に大橋美代子が就任する
オリジナルブランドのCOCOLO(こころ)より風呂敷でラッピングした商品和WRAPの販売開始する。
引出物、引き菓子などをオリジナルBOXでセットしたオリジナル引出物を企画販売を開始する。
7月、株式会社へ組織変更とともに、大橋忠泰の長男の大橋史忠が代表取締役に就任し現在に至る。